「Sportsfreund Loetzsch」

昨日、久しぶりに映画を見てきました。
「Sportsfreund Loetzsch」。
d0086063_17145774.jpg

自転車競技選手として頭角を現し、世界のトップになれたかもしれないのに
旧東独政府にその選手生命を奪われた
ヴォルフガング・レッチュのドキュメンタリー。

映画は、選手達がずらりと並び自転車を走らせている様子から始まります。
場面が変わり、レッチュが「あそこに居たんだ」と刑務所を指差す後ろ姿。

1952年、ケムニッツ生まれの
ヴォルフガング・レッチュ(Wolfgang Loetzsch)。
自転車を走らせることだけに生き甲斐を感じ、走らなければ生きられない、と
まで言う彼は、若い頃から様々なレースに優勝し
オリンピック出場を嘱望されていました。

1970年。
数々のタイトルを獲得し、自転車競技選手として輝いていた18歳の
レッチュは、政党に属することを拒否します。
「彼は政治に興味が無かっただけ。ナイーブだったんだ」と、当時のコーチ。
政治に興味が無かったから、政党に入らない。
彼の足をマッサージし、つきっきりでいた親たちも、
彼には走ることに専念させたいと考えていたようです。
しかし、それが大きな間違いでした。
それ以降、シュタージに目を付けられた彼の「調書」が
ナレーションとして挿入されます。

曰く
「1964年に西ドイツに逃げた従兄弟がいる」
「祝日に国旗を出さない」
「車の手入れをする時に西ベルリンのラジオを大音量で流している。
道行く子ども達にもその音が聞こえる程の音量だ」

コーチ達にも、情報提供者になるようにシュタージからの手が延び
レッチュは四面楚歌の状態に陥ります。
オリンピックにも選ばれず、苦汁を飲むことに。
しかし、彼は勝ち続けることだけが道を開くと信じて
ひたすら鍛え、走り続けました。
しかし、どうにもならない。援助は打ち切られ、走ることすらも難しい。
思いあまった彼は、西側の新聞に働きかけて
自分について記事を書いてもらおうと画策。
南ドイツ新聞に記事が掲載はされたのですが、
その記事は、西ドイツ政府を動かし、東独に働きかける程には大きい反響はなく
逆に東独政府からの締め付けだけが、大きくなってしまったのです。

1976年。
「国を中傷」したかどで10か月刑務所に。
朝から晩までトレーニングを欠かさず続けていた人間にとって
体を動かすことができない生活は厳しい物でした。
出来る限りのトレーニングを続けた彼は、
なんと刑務所を出た後に出場したレースで、
2、3位に大きく差をつけて優勝したのです。
しかし、東独政府はこの事実を隠蔽し、彼にメダルを与えず
2、3位の人間を壇上にのぼらせて1位を与えようとしました。
目の前でレッチュの走りを見ていた選手の1人は、代わりの1位になることを拒否し
その「罪」により、やはり選手生命を奪われました。

「8冊もある分厚い調書を見たとき、同じ選手仲間はもちろん、
親友も情報提供者として名前があった。まあ、ショックでしたよ」
どちらかというと感情を激しく表さないレッチュは、肩を怒らせるでもなく
ぽつりぽつりと言葉を発します。
「壁が開いた時に、ホーフまで260km走って西の100マルクをもらってきた。
(Begruessungsgeldといって、東の人が西側からもらうことができたお金)
こんなフェンスー壁ーが、私の人生をめちゃくちゃにした」

壁が崩壊したのはレッチュが36歳の時。
これから新たな選手人生を送るには、遅すぎたのです。
レッチュは今、
「ミルラム」の自転車チームでテクニカルスタッフを務めています。


壁が崩壊してから、20年近くが経とうとしています。
私にとっては当時、「世界史が変わった」という漠然とした認識だけで
壁が崩壊したこと、その意味を実感するのは難しいことで
実際にそこに住んだこともない人間が、世界や国を否定することはできないと思っています。
しかし、シュタージの存在、
人を虐げてその国に居させなければ国が成り立たないという状態はやはりおかしいなと。
この映画は、監督の言葉もなく
レッチュのように淡々と、起こった事実を追い、コメントを流しています。
当時のシュタージの人も出てきますが、
彼は全くシュタージのあり方に異を唱えるつもりは無さそう。
「しょうがなかったんだよ」
でも、
しょうがなかった、で人生の意義を消されてしまった人は
どうしたら良いのでしょうか。
ミルラムチームの若造に顎で使われるレッチュ。
もしかしたら、彼の目標となるような金メダリストになっていたかもしれないのに……。苦いです。


先日、ニュースで
旧東独地区のギムナジウムの学生(16〜17歳)は
誰が壁を作ったかも知らないと話題になりました。
55%のブランデンブルク州の学生が
「シュタージは、どこの国家も持っている普通の諜報部だった」
と答えています。
旧東独に死刑があったことも2割の生徒は知らなかったそう。
私の歴史の知識もボロボロなので、彼らを笑うことはできませんが
「レッチュ」の映画を学校で上映したほうがいいかも。

バビロン・ミッテで来週の水曜日まで上映しているようです。
ザクセン訛りが聞き取りにくいですが、英語字幕もついてます。
旧東独に興味がある方には、力いっぱい一杯お勧めしたい映画。

日本でも上映されると良いな。
[PR]
by berlinbau7 | 2008-07-29 17:13 | 映画、だいたいドイツ


<< ジャージャー麺 ファッション・ウィーク、終了! >>